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役員報酬に関する、機関投資家の議決権行使方針

上場企業で役員報酬を検討する際、機関投資家の議決権行使方針については、理解しておいた方がよいでしょう。会社で考えた役員報酬案が、株主総会で反対されるといったことは避けたいからです。

役員報酬に対する考え方は、機関投資家ごとに微妙に異なるものの、大きな方向性は一致していると言ってよいでしょう。各社の議決権行使方針は、WEBサイト上などで公開されています。今回は、国内大手である野村アセットマネジメントと、海外大手であるブラックロックの議決権行使方針を見ていくことにしましょう。

  • ※野村アセットマネジメント 日本企業に対する議決権行使基準 2021年11月1日 より
  • ※ブラックロック 議決権行使に関するガイドライン (日本株式) 2022 年1月 より

役員報酬・賞与について

【野村アセットマネジメント】

  • (1)株主価値を大きく毀損する行為が認められる場合又は取締役会がモニタリング・ボードでない企業において直近3期連続してROEが5%未満の場合は、納得のいく説明が得られない限り、役員報酬の増額及び役員賞与の支給に、原則として反対する。
  • (2)一定の水準以上の役員報酬に関する議案については、社外取締役が取締役会の過半数である場合及び独立性のある報酬委員会が設置されている場合(これらの場合を、以下「報酬に関するガバナンスを整備している場合」という。)を除き、原則として反対する。
  • (3)社外取締役、監査委員若しくは監査等委員である取締役又は監査役に対して賞与を支給する場合、原則として反対する。

【ブラックロック】

1) 役員報酬

  • 業務執行を担当する取締役の報酬は、業績連動であることが理想的である。ただし、取締役の報酬の大幅な増額が提案されている場合、理由が明確でない、あるいは業績との連動性が明確に説明されていない場合反対する。また、監査役については、報酬の大幅な増額が提案されている場合、理由が明確でない場合反対する。
  • 一方、当期を含む過去数期連続して資本生産性指標が低迷し、株主価値が毀損していると考えられる場合、取締役や監査役の報酬を増額する提案には反対する。
  • さらに報酬額の水準が既に過大であると判断される場合に増額に反対する。

2) 役員賞与

  • 業績不振等の理由により株主配当が見送られている場合や重大な社会的不祥事が発生し著しく株式価値が毀損したにもかかわらず、役員賞与が支給されている場合は反対する。

まずは、株式報酬を除く、役員報酬および役員賞与について。

野村アセットマネジメントでは、その会社の取締役会が、モニタリング・ボードとしての機能を果たしているかどうかを重視しています。モニタリング・ボードとは、構成メンバーが社外取締役中心(社内取締役が少数)で、独立性の高い指名・報酬委員会を有しているなど、経営陣の監督を主たる役割としている取締役会と指しています。モニタリング・ボードでなければ、「直近3期連続してROEが5%未満の場合は、役員報酬の増額及び役員賞与の支給に原則として反対する」というのです。

日本企業では、まだまだモニタリング・ボードと言える会社は少数です。3期連続ROE5%未満で役員報酬増額や賞与支給に反対、という部分は厳しく感じる人が多いかもしれません。あと、社外取締役、監査委員若しくは監査等委員である取締役又は監査役への賞与支給は、原則反対としています。

一方、ブラックロックは冒頭で「業務執行を担当する取締役の報酬は、業績連動であることが理想的」と、基本的に賞与や株式報酬など業績連動割合の拡大を推奨しています。また、ROE5%未満といった明確な基準は示していませんが、「当期を含む過去数期連続して資本生産性指標が低迷している場合には、報酬増額に反対」としています。賞与についても、業績不振等の理由により株主配当が見送られている場合などには、反対の立場をとっています。

次に、近年拡大している株式報酬です。

株式報酬ほかについて

【野村アセットマネジメント】

  • (4)会社株式(ストックオプションを含む。)を報酬として支給する議案については、以下の場合には、原則として反対する。
    • 累積希薄化率が以下の割合を超える場合。なお、累積希薄化率の計算期間が不明の場合は、10年間とする。
      • (ⅰ)報酬に関するガバナンスを整備している場合は、発行済株式総数の10%。
      • (ⅱ)上記以外の場合は、発行済株式総数の5%。
    • ② 会社株式の支給を受けた者が当該株式を売却できるようになるまでの期間(ストックオプションの場合は、当該ストックオプションの支給時からその行使により取得した株式を売却できるようになるまでの期間)が以下の年数に満たない場合。
      • (ⅰ)報酬に関するガバナンスを整備している場合は、2年。
      • (ⅱ)上記以外の場合は、3年。
    • ③支給対象者に以下の者を含む場合。
      • (ⅰ)取締役会がモニタリング・ボードであり、かつ当該報酬に業績達成条件が付されていない場合は、監査役又は株式のインセンティブを与えるのは適当でないと判断される社外者。但し、社外者であっても、適切な説明がなされ、株主価値の向上に資すると判断される場合を除く。
      • (ⅱ)上記以外の場合は、社外取締役、監査委員若しくは監査等委員である取締役、監査役又は株式のインセンティブを与えるのは適当でないと判断される社外者。社外者であっても、適切な説明がなされ、株主価値の向上に資すると判断される場合を除く。
  • (5)上記〔(1)~(4)〕以外の場合、役員報酬額の改定の理由、金額の妥当性等を勘案して総合的に判断する。なお、特定の支給対象者に過大な利益をもたらす場合等、妥当性や公平性を著しく欠く場合には、原則として反対する。

【ブラックロック】

  • 以下の条件が満たされれば原則として賛成する。
    • 潜在希薄率が既割当分を含めて5%以下。ただし、ハイテク等、成長企業は10%以下。なお、会社の情報開示が不十分で、その結果、株式希薄化の影響を評価できない場合は、会社提案を支持することは出来ない
    • 行使価格が適正市場価格を上回る。
  • 行使価格の引き下げは反対する。
  • 行使の据え置き期間が不十分であるなど、株主価値の観点から制度設計に問題が認められる場合にも反対する。
  • さらに、買収防衛の手段として用いる意図があると判断される場合に反対する。
  • 付与対象が当該会社および子会社の役員・従業員の場合は賛成する。しかし当該会社の監査役への付与は反対する。また、取引先の役員・従業員への付与も反対する。外部サービスの提供者、例えば顧問弁護士、会計監査人、コンサルタントへの付与も反対する。

両社とも、株式報酬については基本的に賛成の立場ですが、希薄化率を条件としています。希薄化は、株式報酬を新株発行などで支給すると、発行済み株式総数が増加し、1株あたりの株式の価値が下がることを指します。

野村アセットマネジメントでは、報酬に関するガバナンスを整備している企業かどうかで、基準を分けています。累積希薄化率が、整備している企業は10%以下、その他の企業が5%以下なら反対しないというのです。ブラックロックにおいては、潜在希薄率が既割当分を含めて5%以下、ハイテク等や成長企業は10%以下なら賛成としています。「株式報酬には歓迎だが、過度に株式総数を増やす程の数量には反対」ということになるでしょうか。

また、野村では、譲渡制限付株式報酬などの売却可能までの期間も、報酬ガバナンス整備企業で2年未満、その他企業で3年未満は原則反対としています。中長期的な企業価値向上へのインセンティブである以上、役員にはできる限り長く株式保有し、株主との価値観を共有してもらいたいという考え方です。

支給対象者として、監査役は両社とも反対ですが、社外取締役については野村の原則反対、ブラックロックの原則賛成、とスタンスが分かれているようです。社外取締役については、役割として「経営陣の監督」に重きを置くか、「経営陣への助言等を通じた企業価値の向上」に重きを置くかによって、判断が分かれるのではないでしょうか。

最後は、役員退職慰労金です。

役員退職慰労金について

【野村アセットマネジメント】

役員退職慰労金に係る議案については、以下の基準に則って判断する。

  • (1)株主価値を大きく毀損する行為に関係し、又は責任を有すると判断される役員に対する支給には原則として反対する。
  • (2)直近3期連続してROEが5%未満で、かつ欠損金がある場合、又は直近3期の当期純利益の合計がマイナスの場合は、原則として反対する。
  • (3)金額が、過去の業績若しくは現在の財務状況又は業界他社との比較等から見て不当に多いと判断される場合は、原則として反対する。また、一定の水準以上の役員退職慰労金に係る議案及び金額が開示されない役位退職慰労金に係る議案については、報酬に関するガバナンスを整備している場合を除き、原則として反対する。
  • (4)社外取締役、監査等委員である取締役又は監査役に対する支給には、原則として反対する。

【ブラックロック】

  • 社外取締役および監査役への退職慰労金贈呈に反対する。ただし賛否判断に当たって制度の改廃等の個別事情を加味する場合もある。
  • 贈呈の対象者が在任2年未満である場合は原則として支持できない。
  • 法令違反、刑事訴追、不正会計、公序良俗に反する行為など重大な反社会的不祥事が発生し、贈呈の対象者に責任があると認められる場合は、退職慰労金贈呈に反対する。
  • 資本効率性が低位であるなど株主価値が毀損している場合、退任取締役への退職慰労金贈呈に反対する。ただその際、適切と考えられれば、賛否判断に当たって産業動向や業種動向等の個別事情を加味する場合もある。

一般的には、「機関投資家は、上場企業の役員退職慰労金には反対」という印象がありますが、必ずしもそうではないようです。

社外取締役や監査役に対しては、両社とも原則反対です。しかし、業務執行を担う取締役に関しては、業績が悪化している場合、株主価値を大きく毀損した場合、金額が大きすぎる場合、在任期間が短すぎる場合などを除いては、両社とも反対はしていません。

すると、上場企業の多くで役員退職金制度廃止の動きが広まったのは、むしろ退任直前に業績悪化した際、慰労金がもらえなくなることを回避しようという、役員側のニーズが強く影響したのかもしれません。特に、創業者やオーナー経営者が長年に亘って企業貢献したとしても、退任前数年の業績悪化などで慰労金が支給できないのは、かなり厳しいように思われます。

上場企業における役員退職慰労金廃止は定着した感がある反面、役員退任までを譲渡制限期間とする株式報酬は拡大しており、「退職慰労金の代わりに株式保有し、株価=企業価値との連動性を高める」ことがトレンドと言えそうです。

最後に、機関投資家の役員報酬に対する方針を整理すると、以下のようになるでしょうか。

  • ① 業務執行取締役の役員報酬は、業績連動(賞与や株式報酬)を強めるべき。
  • ② 報酬水準については、過大でなければ特に問題視しない。
  • ③ 業績低迷企業の報酬増や賞与支給には、原則反対。
  • ④ 株式報酬は、希薄化が一定の範囲内ならば推奨。社外取締役への支給は意見が分かれる。
  • ⑤ 退職慰労金も、業績悪化企業などでなければ、一概には反対しない。
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