役員報酬における中長期インセンティブとしては、株式報酬が主流となっていますが、金銭による賞与支給のケースもあります。たとえば、伊藤忠商事やKDDIは「株価連動型賞与」として、以下のような制度を導入しています。
伊藤忠商事の株価連動型賞与
株価連動型賞与
- 株主と同じ目線に立ち、企業価値向上をより一層意識することを目的として、当社株価を連動指標とする株価連動型賞与を導入しております。本賞与は連続する2事業年度における各事業年度の日々の当社株価の平均値の上昇額を連動指標とし、公平性を担保するため、各事業年度の日々の当社株価の平均値の成長率と東証株価指数(TOPIX)の平均値の成長率との相対評価を加味して算定する仕組みとし、在任期間中の賞与額総額を取締役の退任後に支給しております。
- 2021年度及び2022年度の株価連動型賞与は、個別支給額に係る下記の具体的算定フォーミュラに基づき各事業年度ごとに賞与額を算定のうえ、取締役退任後(取締役退任後において執行役員の地位に就く場合には執行役員退任後)に支給額を確定し支払います。
(i)2021年度
(2021年度の日々の当社株価終値の単純平均値-2020年度の日々の当社株価終値の単純平均値)×1,300,000×(2021年度の役位ポイント)÷(108.8ポイント)×相対株価成長率(注1)
(注1)相対株価成長率=(2021年度の日々の当社株価終値の単純平均値÷2020年度の日々の当社株価終値の単純平均値)÷(2021年度の日々のTOPIX(注2)の単純平均値÷2020年度のTOPIXの単純平均値)
(注2)TOPIX=東証市場第一部に上場する内国普通株式全銘柄を対象とする株価指数(以下、同じ)
(ii)2022年度
(2022年度の日々の当社株価終値の単純平均値-2020年度の日々の当社株価終値の単純平均値)×1,300,000×(2021年度から2022年度の単年度ごとの役位ポイントの合計)÷(108.8ポイント×2(年))×相対株価成長率(注3)-(上述(i)にて算定した2021年度の株価連動型賞与)
(注3)相対株価成長率=(2022年度の日々の当社株価終値の単純平均値÷2020年度の日々の当社株価終値の単純平均値)÷(2022年度の日々のTOPIXの単純平均値÷2020年度の日々のTOPIXの単純平均値)
各取締役の役位ポイントは、国内非居住者である取締役副社長執行役員の役位ポイントが5であることを除いて、業績連動型賞与の算定に用いられるものと同一です。
なお、取締役に対する株価連動型賞与は、業績連動型賞与と合わせた金額が取締役に対する賞与の限度額である20億円を超えない範囲で支給されます(上記算定式に基づく業績連動型賞与と株価連動型賞与の金額が20億円を超える場合には、業績連動型賞与を優先的に、限度額に充当します)。
伊藤忠商事株式会社 2021年3月度
有価証券報告書より抜粋
KDDIの株価連動型賞与
株価連動型賞与
(指標の選定理由)
- EPS成長率 :中期経営計画の目標値として掲げた指標であり、中期経営計画の目標達成を強く動機付けるため
- 株価変動率:株主価値の増減と直接的に連動する指標であり、役員報酬と株主価値との連動性を高めるため
(支給額の算定方法)
- 業績連動型株式報酬 = 役位別の基準ポイント × 会社業績及びKPIの達成度による掛率
- 株価連動型賞与 = 役位別の基準額 × 係数
係数 = (EPS成長率×50%)+(株価変動率×50%)
EPS成長率 = 当年度末EPS/前年度末EPS
株価変動率 = (当年度末当社株価/前年度末当社株価)/(当年度末TOPIX/前年度末TOPIX)
KDDI株式会社 2021年3月度
有価証券報告書より抜粋
2社の制度を比較すると、以下のような違いが見られます。
伊藤忠商事 | KDDI | |
---|---|---|
業績指標 | 株価成長率のTOPIX比 | 株価変動率のTOPIX比 EPS成長率 |
基点年度 | 2021年度、2022年度とも2020年度を基点として算定 | 前年度 |
株価算定 | 年度中全日の終値の平均値 | 年度末株価 |
支給時期 | 取締役退任後に支給 | 毎年支給 |
伊藤忠商事が株価のみを評価指標としているのに対して、KDDIは株価だけでなくEPS(1株当たり当期純利益)を加えているのが特徴です。また、伊藤忠商事は2021年度、2022年度とも、2020年度に対する株価成長率としていますが、KDDIは前年度比較となっています。また、伊藤忠商事は支給を取締役退任後としている点が特徴的です。退任後支給とすることで、社会保険料や所得税の節減にはなりますが、「賞与」という位置づけからは少し違和感が残ります。
さて、「株価連動型賞与」ですが、役員に株価を意識させる効果は期待できます。また、単年度の業績だけでなく、中期業績の達成状況を反映させることで、中期インセンティブとしての役割も果たしてくれそうです。計算式を明確にするなど条件をクリアすれば、業績連動給与として損金計上することも可能です。あとは、それを株式報酬として支払うか、賞与として金銭支給するかの選択といえるでしょう。
役員が既に十分な自社株を保有している場合や、役員報酬水準が十分でない場合には、賞与としての支給する方が、インセンティブ効果は高いかもしれません。一方で、中期という要素はクリアしていたとしても、長期という視点からは株式報酬に分がありそうです。事実、両社とも、「株価連動型賞与」だけでなく、株式報酬も導入しています。
現在、上場企業の約半数に導入されている株式報酬ですが、逆に言えば、まだ約半数には導入されていません。株式報酬未導入の会社においては、まずは賞与に短期業績だけでなく、中期業績や株価を反映させることで、株主との価値観共有を図るという選択肢もあるのではないでしょうか。
2021年10月13日