役員報酬を減額するときの実務|税務・会社法・議事録で押さえるべきポイント
業績悪化、資金繰り悪化、不祥事、重大事故、行政処分、経営責任の明確化などを理由に、役員報酬の減額や返上を行う会社があります。役員自らが報酬を引き下げることは、社会的には経営責任を示す行為として受け止められやすい一方、実務上は慎重な検討が必要です。
役員報酬の減額、賞与の不支給、報酬の返上は、一見すると似た対応に見えます。しかし、報酬請求権が確定しているか、いつ決議するか、税務上どの類型の役員給与に該当するかによって、必要な手続きや会計・税務上の取り扱いは異なります。
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「減額」「不支給」「返上」は別の対応
本稿でいう「減額」は、今後支給する月額報酬や賞与額を引き下げる対応を指します。「不支給」は、賞与その他の変動報酬について、支給条件が満たされない、または適法な手続きを経て支給を見送る対応です。「返上」は、役員がすでに有する、または有することとなる報酬請求権を放棄する場合や、支給済みの金銭を会社へ戻す場合を含みます。
これらは「経営責任の取り方」として一括して扱われがちですが、実務上の検討事項は一致しません。
たとえば、将来の月額報酬を引き下げる場合と、すでに支給対象期間が到来した報酬を役員が辞退する場合では、会社側の債務の有無、税務・会計処理、社会保険料、源泉所得税などの扱いが変わる可能性があります。対外発表の文言を決める前に、どの法的・実務的な対応を行うのかを整理することが必要です。 -
月額報酬を減額する場合の確認事項
月額の役員報酬を減額する場合、法人税上は定期同額給与との関係が問題になります。役員給与は、原則として事業年度中の各支給時期における支給額が同額であることが求められます。
一方で、経営状況の著しい悪化その他の一定の事情がある場合には、期中の減額改定が認められる余地があります。ただし、単に予算を下回った、利益が減少したという事情だけでは判断が難しいケースがあります。資金繰りの悪化、借入金返済への影響、金融機関との協議、事業継続上の支障、従業員の雇用維持、リストラ・事業再編の実施など、客観的に説明できる事情を整理しておくことが重要です。
減額を検討する際には、次の事項を確認します。
具体的には、次のような論点について、年間を通じて検討することが考えられます。
- 減額理由は、業績悪化、資金繰り、不祥事、経営責任のいずれに基づくか
- 対象者は、代表取締役のみか、取締役全員か、執行役員も含むか
- 減額率、開始日、終了日、復元条件をどう定めるか
- 株主総会で決議した報酬枠や報酬規程との関係はどうか
- 取締役会・報酬委員会・監査役等の関与は必要か
- 税務上の損金算入、社会保険料、源泉所得税、給与計算にどう影響するか
- 上場会社の場合、適時開示や有価証券報告書の記載に影響するか
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賞与の不支給は届出内容との整合性に注意する
役員賞与を事前確定届出給与として設計している場合には、特に慎重な確認が必要です。事前確定届出給与では、支給対象者、支給額、支給時期をあらかじめ定め、税務署へ届け出ます。そのため、業績悪化などを理由に任意に支給額を減額したり、支給を取りやめたりする場合、税務上の損金算入に影響する可能性があります。
届出書に記載された支給額・支給日と、取締役会議事録、給与台帳、実際の振込記録が一致しているかを確認することが基本です。不支給や変更を検討する場合には、支給前の段階で、変更理由、会社の経営状況、法令上の取扱いを整理し、税務専門家にも確認することが望まれます。
国税庁は、役員給与の損金算入について、定期同額給与、事前確定届出給与、一定の要件を満たす業績連動給与という区分を基本として示しています。役員賞与の不支給は、単に「支払わなければよい」という問題ではなく、届出・決議・支給実態の整合性を含めて検討する必要があります。
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返上は「いつ権利が確定したか」を確認する
不祥事などが発生した際に、「役員報酬の一部を返上する」と発表されることがあります。しかし、返上の対象が未払いの月額報酬なのか、すでに支払われた報酬なのか、賞与なのか、株式報酬なのかによって、実務対応は異なります。
未払い報酬について役員が請求権を放棄する場合と、すでに支給済みの報酬を会社へ返還する場合では、会計処理や税務処理、源泉徴収、社会保険の取扱いを別途検討する必要があります。また、報酬返上を「寄付」と整理するのか、「債務免除」と整理するのかによっても、論点が変わる可能性があります。
役員報酬の返上を公表する場合には、少なくとも次の点を明確にしておくとよいでしょう。- 返上の対象となる報酬の種類
- 対象期間
- 対象役員
- 返上割合または返上額
- 返上の方法
- 返上を決めた理由
- 再発防止策・業績回復策との関係
これらの問いに答えるプロセスそのものが、報酬ガバナンスを実質化します。回答が曖昧な論点は、開示表現を工夫して解決するのではなく、制度や運用を改めて検討すべき論点です。
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上場会社は「減額の理由」と「次の行動」を示す
上場会社が役員報酬の減額を開示する場合、投資家は減額率そのものだけを見ているわけではありません。何が起きたのか、経営責任を誰がどのように負うのか、再発防止策は何か、業績回復や企業価値向上に向けてどのような施策を進めるのかを確認しています。
そのため、開示文では、対象者、減額率、期間に加え、減額の背景と今後の対応を簡潔かつ具体的に示すことが重要です。取締役会議事録、報酬委員会の審議内容、適時開示、有価証券報告書の記載に矛盾がないかも確認する必要があります。
報酬減額だけを強調しても、原因究明や再発防止、経営改善の中身が見えなければ、投資家からの評価にはつながりにくいでしょう。
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有事に備え、平時にルールを整える
役員報酬の減額や返上は、危機時の意思表示として注目されやすい反面、手続きや説明が不十分であれば、社内外の混乱を招きます。社内では「誰が、どの理由で、いつから、どの程度の負担を担うのか」が曖昧になり、社外では「報酬を下げる以外に、再発防止や業績回復への施策はあるのか」と問われます。
そのため、減額・不支給・返上を検討する際は、最初に金額や割合を決めるのではなく、報酬の法的な状態を確認することが必要です。将来の月額報酬を引き下げるのか、決議済みの賞与を支給しないのか、未払いの報酬請求権を放棄するのか、すでに支給した報酬を会社に返還するのかを整理します。平時から、役員報酬規程、決議権限、業績悪化時の対応手順、取締役会議事録の記載例、開示文案の考え方を整えておくことで、有事の際にも適切な判断と説明を行いやすくなります。役員報酬の見直しは、経営責任を金額で示すだけではなく、危機の原因をどう認識し、誰が是正責任を負い、次にどのような行動を取るかを可視化するためのガバナンス対応といえます。

